奨励作品 一万円

平成最後の夏

読んだ本・『蛍火の杜へ』緑川ゆき

書いた人・Rika

この作品を最初に読んだのはいつだっただろう。正確には覚えていないが、私はまだ10代前半の少女だった。

その頃、好きな男の子こそいたものの、手を繋ぎたいとか抱きしめたいといった欲求はなかった。ただ、話していて楽しければそれで満足だった。クラスメイトには同級生同士で付き合っている子もいたが、私は付き合うという発想すら持ち合わせていなかった。

そんな恋という恋をしたことがない私でも、毎年夏の間しか会えない二人。決して触れ合うことのできない二人の物語に涙を流したことを覚えている。

本作は、夏休みに祖父の家に遊びに来た、人間の子供の竹川蛍。元は人の子だったが、幼い頃に森に捨てられて、妖怪のような幽霊のような存在になってしまったギン。この二人の淡い恋の物語だ。
ギンは人間に触れられると消えてしまうので、蛍が木から落ちそうになっても受け止めてあげることができないし、もちろん手も繋ぐことができない。そんな二人が、毎年夏の間だけ会い、夏以外は相手を想い、ゆっくりと愛を育んでいく。

蛍が高校生になった年、ギンは妖怪達の夏祭りに行こうと蛍を誘う。その祭りは人間の祭りを模したもので、妖怪達は人間に化けて祭りを楽しむという。
祭りのさなか、近くで転びそうになった子供をギンが咄嗟に支えるが、実はその子供は妖怪ではなく、迷い込んでいた人間の子供だったので、ギンは指先から消え始めてしまう。突然の出来事に戸惑う蛍だったが
「来い蛍。やっとお前に触れられる」
というギンの言葉に、嬉しそうに飛び付く。ここが私の一番好きな場面だ。
6歳の時に初めて会ってから約10年。やっと触れることができたほんの一瞬に、二人は何を感じたのだろう。そして、蛍はギンへの気持ちを胸にこれからどのように生きていくのだろう。
切なくて、とてもハッピーエンドとは言えないが、ギンは幸せだっただろうと思えるし、蛍もギンの分まで生きていけるだろうと予感させる、暖かみのある終わり方も含めてこの作品が大好きだ。

もうすぐ私は26歳になろうとしている。最初に本作を読んだ時から10年以上が経ち、好きな人に触れたいという欲求が私の中にも生まれた。その上でこの物語をもう一度読むと、昔よりも一層、二人の関係が、切なく、苦しく、美しいものに思えた。会いたいのに会えない。触れたいのに触れられない。恋人と毎週のように会って、当たり前のように触れている私には恐らく耐えられないだろう。好きな時に会えること、好きな時に触れられることをありがたいとも思っていなかった。

そして、私はこの二人のように純粋に人を好きになったことがないことに気付いてしまった。偽善でなく、純粋に相手を想って自分を忘れて欲しいと願ったことも、自分が傷付いてもいいから、ただ一緒にいたいと感じたこともない。
「結婚」が前提にあり、それに向けて調整していくような感覚。そして調整できなければ別れて、他人に戻る。もちろん好きは好きなんだと思うが、後天的に家族を作るための、どこか打算的な「好き」なような気がした。好きと言ってくれないだとか、お金がないだとか、親と仲良くなれなさそうだとか、そういう考えばかりが浮かんでくる今の恋人との関係は、きっと恋でも愛でもないんだろう。
でも、人を好きになるとはそういうことではないと、この二人は気付かせてくれた。
ただ話していて楽しい。一緒にいたい。触れたい。その気持ちだけあればいいんだと。

これから平成最後の夏が始まる。
秘密の小箱に入れて誰にも言わずに隠しておきたいような、純粋で儚くて美しい恋をしたい。打算的でなく、誰かを心から愛したい。暑くて虫も出るからあまり好きではない夏を、来年からは心待ちにできるような、そんな夏にしたい。


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緑川ゆき
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