奨励作品 一万円

自分探しより大切なこと

読んだ本・『ノルウェイの森』村上春樹

書いた人・ねるねる

「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」
物語の中で、永沢さんから主人公への花向けの言葉。
当時の自分にとって、ふいに後ろから刺されたような鋭い一言。
20歳、大学2年生というものは、自分を上手く捉えることができず、それはきっと探せばどこかにあるんじゃないかと信じていた、そんな時期だった。自分が取り巻く世界から目を背けて、本当の自分なんてものをあてもなく求めていた。そして、この本と出会った。
高校まで、何不自由なく過ごして、勉強と部活が自分の人生のほとんどを占めていた自分にとって、大学生活という自由は、手に負えないものだった。進学というひとつの目的を失ったことで、勉強は無味乾燥としたものになり、サークルという曖昧なつながりの中で、好きか嫌いかわからない物事を続けることは自分には理解できなかった。バイトをして少しでも社会で働く感覚をつかむこと、ボランティアで少しでも人のためになること、それが自分が自由の中から選んだものだった。何とか自分の存在を、自分が大学生として生きている意味を繋いでいくことで精いっぱいだった。そして、ギリギリの単位で進級して、自分がいきたいと思ってなかった学部へ進むことになった。とはいっても、いきたい学部なんてそもそもなかった。ますます自分のこれからがわからなくなった。そんな大学2年生の時に、この本との出会いをくれ、大学2年生のどうしようもない自分にささやかな生きがいをくれた女性と出会う。
何気なく目にとまった、ウェブサイトで記事を書いている団体に興味を持ち、一度見学に行き、その懇親会でその人と知り合った。歳はひとつ上で、女子大の文学部、本をよく読む人だった。ショートヘアで、好奇心旺盛で、思ったことは素直に言う人。どことなく、緑に似ていると、今では思う。緑とは、物語の登場人物のひとりだ。20歳にもなって、必死に自分が何者かを追い求めて、いろんなことに、よく言えば挑戦だが、中途半端に手を出している姿に興味を持ってくれたみたいで、定期的に会って、自分の話を聞いてくれた。女の子に振られた話や、バイトをクビになった話、サークルでこっぴどく叱られた話、どんな失敗話も笑ってくれた。逆に、その人からのどんな誘いも断らないで、深夜でも授業があってもすぐに顔を出した。失恋したときには一緒にカラオケに行き、何かパワーのもらえる場所に行きたいと言ったら、よくわからないとこにある神社に行ったり、朝まで飲みに付き合ったり。それが自分にとってどういう感情かはどうでもよかった。
大学2年生の夏、人生で最初で最後の家出をする。バカバカしいと思うかもしれないが、当時の自分は本気だった。授業に行く回数も減り、バイトの時間も増え、その年から始めた子供向けのイベントを企画するサークルでは、企画も場所の手配も広報も、何一つ上手くいかず、先輩に怒られる日々。初めてできた彼女とは、2か月で別れを切り出される始末。この生活の中に、自分がいる意味ってあるのかと、訳の分からないことを考え始めた自分は、すべてから、この自分から逃げだしたいという衝動的な気持ちに駆られた。まじめに母に置手紙書いて、荷物をまとめてその日の朝に家を飛び出して、フェリーに乗って故郷を離れることに。まあ、いわゆる自分探しの旅だったのだろう。そのとき、なんとなくあの人には連絡しないと、そんな気持ちから連絡した。すると、突然の連絡でも会ってくれて、自分の話を笑いながらも真剣に聞いてくれた。その時に、「本屋に行こう」と唐突に言われ、上下巻の二冊の本をくれた。それが「ノルウェイの森」だ。「本当の自分が見つかるといいね」、その言葉とともに見送られた。
物語の主人公は、親友の死をきっかけに、世の中と距離を置くことで、物事を深刻に考えないようにと、毎日を過ごしていた。そこで、親友の彼女の直子や、同じ講義をとっている緑、永沢さんやレイコさんと関わっていく中で、自分について思いを巡らせていく。旅先行くとこで、この物語を、主人公と自分を照らし合わせながら読み進めていくと、ますます自分なんてどこにもないんじゃないかと。自分の存在なんて大したことないんだと。それでも旅を続けた。今思えば、この旅そのものが自分で、そんな自分をあの人が笑ってくれること、それが自分は生きているんだと思わせてくれる。そんな自分に気づかずに、たった2週間だがひたすら故郷から離れた。あの人の笑顔のために。
そして、5年が経ち、自分はまだ大学生をやっている。そのときから自分は何一つ変わっていないんじゃないかと思うことがよくある。その女性とは、今は会うことは無くなった。2年前くらいに、結婚して子供もいる。自分探しに必死なやつに、人を真剣に好きになるなんてのは難しいことだった。何一つ大切なものに気づかず、気づいたときにはそれはもう自分の元を離れていた。
「ノルウェイの森」を読むたびに、もっと自分の取り巻く世界に目を向けてうまく付き合う術を持っていればと思う。そして、自分の外ではなく、中にある曖昧なものを形にして言葉にすることが少しでもできたら、いろんなことがうまくいったんじゃないかと、あの人のことを思い出す。


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村上 春樹
講談社
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