「あいつだけ、ぶす。」
すぐに私の事を言われているのがわかった。
小学生高学年くらいになると心も体も変化し始めて、あの気恥ずかしくてむず痒いややこしい思春期が始まる。
子供の素直さ故の、残酷かつ明確なヒエラルキーが確立され始める。
美人な子、カッコいい子、頭がいい子、足が早い子、などがヒエラルキーの頂点に立つ。
鏡の中の自分を意識して見るようになったのも、その頃からだったように思う。
小学6年生の時、私のクラスは全体的には仲の良いクラスだったが、女子にはよくありがちないくつかのグループに分かれていた。
私は3人グループの1人だった。
他の2人はクラスでも学年でも目立つ美人と可愛い子で、頭も良く運動もよく出来た。
なぜ自分がその2人と同じグループだったのか。
それはただ単にそれまでのクラス替えで何度か同じクラスになっていたからだった。
私は目立つ顔でも無かったし、勉強も下から数えた方が早い、運動もさっぱりだった。
だけど、あの言葉を男子に言われるまでは特にそんな事気にしてなかった。
むしろ無頓着な方だった。
いつも通り2人といる時に後ろから聞こえたのだ。
「あいつだけ、ぶす。」
惨めだった。
私はその日帰ってから鏡を見てみた。
今までなんとも思ってなかった自分の顔をまじまじと見た。
両親が可愛い、可愛いと言って育ててくれたのは親フィルターを通してのものだったと知る。
その日から、私は大好きなピンク色の服を着るのをやめた。
ぶすにピンクは似合わない。
自分を受け入れられなくなった。
そこから私の長い長い研究が始まる。
中学、高校でも私はまた可愛い目立つ子と同じグループに属する事になる。
私は「ぶす」と言われたあの日から人間観察をするようになっていた。
研究していたのだ、ヒエラルキーの上位に入れる方法を。
小学校でも中学校でもいじめを経験した。
もう二度とヒエラルキーの底になるのは嫌だった。
私がたどり着いたのは、笑われるぶすだった。
自らピエロを演じる事にした。
可愛い子と一緒に写真を撮る時には、わざと変な顔をして写った。
普段からわざとおどけてみせたり、変な顔をして皆を笑わせた。
私は引き立て役を買って出た。
可愛い子と一緒にいるから自分も可愛いと勘違いしているぶすだと思われないように。
惨めな思いをする前に。
「きりこについて」の主人公、きりこはぶすである。
小学校高学年になり、初恋の人に「ぶす」と言われるまで自分がぶすだと知らなかった。
きりこはお姫様みたいなドレスが好きな女の子である。
しかし、ぶすにドレスは似合わない。
引きこもったきりこが自分を取り戻し、再び外に出る物語である。
私は引きこもりはしなかったが、小学、中学、高校と長くピエロを演じてきた。
ピエロを辞める日はある日突然やってきた。
大学に入った日だ。
私が入った学部は服飾やデザインが主で、学生も個性的な人が多かった。
髪が青い人、赤い人、奇抜な服を着た人、女の子でも坊主の人、顔中ピアスだらけの人…
ぶすだろうが、何だろうが皆自分を表現していた。
ぶすだけど、何か?といった感じで堂々としていた。
私は髪を大好きなピンクに染めてみた。
服を自分で作ってみた。
好きなように奇抜なメイクをしてみた。
誰も堂々と自分を取り戻した私をぶすとは言わなかった。
自分を生きてみたら、ヒエラルキーは存在していなかった。
ずいぶん大人になってから、この本に出会った。
泣いた。
これは私の物語だと思った。
中身と外見と生きてきた歴史が合わさって今の自分がいる。
ピエロだった自分も、全く似合わないピンクに髪を染めた自分も、どちらも私。
ぶすだけど、何か?
と言えるようになった自分を私は大好きになった。
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