奨励作品 一万円

今でも胸を焦がす恋

読んだ本・『ナラタージュ』島本理生

書いた人・サコ サヤ

「きっと、子供だったから愛とは違うとかじゃなくて、
子供だったから愛してるってことに気付かなかったんだよ」

表紙のデザインが素敵でこの本を手に取った。そして開いてすぐに書いてあった言葉に惹かれて、この本を買ったことを今でも覚えている。約10年前。当時、私は大学生だった。もちろん、帯には『この恋愛小説がすごい!第1位』とも書いてあったのだが、そんなことよりも冒頭の言葉に心を奪われたのだ。昨年、映画化もされたのでご存知の方も多いのではないだろうか。

大学生になった泉と高校時代の恩師である葉山との切ない物語だ。よくある生徒対教師の甘い恋愛話ではない。苦しくなってしまうくらいの深い愛があっても、二人は結ばれない。それは葉山の過去があるからだ。確かな想いが通じているのに、葉山は過去の責任を選び、泉はそれを受け入れる。二人の関係はシトシトと降り続く雨を連想させる。言葉にするならば「不倫」と表現することも出来るけれど、私は「初恋」だと思う。

私は泉と自分を重ねてしまうのだろう。
大学時代に似たような恋をしていたから。

私はスーパー忙しい大学生だった。当時も今も「自分より忙しい人はいる」と思うけれど、同時に「よくやっていたな」とも思うのも本当だ。教職を含む授業を受け、軽音サークルで音楽活動に勤しみ、憧れのブランドで契約社員として働き、子どもと関わるボランティア活動に携わり、もちろん人付き合いも大事にした。ちなみに夜間ではなく、昼間の大学生として全てをこなしていたのだ。充実した毎日ではあったが、毎日4時間しか寝ていなかった。体調を崩しても病院に行く時間もなくて、市販の風邪薬を一ヵ月以上飲み続けたこともある。でも限界は来る、というか状況が限界を知らせようとしていたのかもしれない。色々なことが変わり、うまくいかなくなった。大切なものが指の隙間から零れ落ちるような感覚。思いやりのない辛い恋愛も私の精神を削いで、トラウマだけを残した。

そんな私に寄り添ってくれた男の子がいた。同じ学部の男の子。高校時代から付き合っている彼女がいるにも関わらず、親身に私を支えようとしてくれた。いつも気にかけてくれて、話を聞いてくれて、遊びに連れ出してくれて、よく電話もした。学年を跨ぐときは私と同じ授業を取ってくれた。ゼミでさえも。彼の愛は深かった。当時より冷静になった今でもそう思う。どうしてそこまで私に優しくしようとしてくれたのかは、今でもわからない。
そういう時間を長く過ごして、一度だけ抱き合ってしまった夜もある。世界で一番愛されてしまったときを私は一生忘れないだろう。幸福ではなかったけれど、そのとき言われた最上級の愛の言葉を捨てるのは、この先も無理だと思う。
私が彼に素直に気持ちを伝えていたら、後ろめたい関係から脱せられる瞬間もあった。だけど溜め込んだ罪悪感がそれを許さなかった。人の幸せを壊してまで、自分の幸せを掴むことは出来ない。そして彼も葉山のような人だったから、彼女とは別れられなかったような気がする。

私と彼は泉と葉山のような明確な別れはない。だけど卒業式の日、私は彼に手紙を渡すことが出来た。泉が出来なかった、手紙を渡すこと。全て過去形で書いた記憶がある。その手紙が終わりを記したのかもしれない。

夏になると彼が私の実家まで来てくれたことを思い出す。駅から家までの道中、風が吹いて私が被っていた麦わら帽子が青空に舞った。青とベージュのコントラストが美しかった。暑い日差しを浴びると、目を閉じてその景色を記憶の中から探すのだ。

泉は葉山と別れてから数年後、しかも結婚前に改めて葉山の気持ちを知ることになる。こんな風にお互いの人生がニ度と絡み合わなくても、二人のストーリーは続いていくのだろう。簡単に言い表すことの出来ない間柄であっても、想いが通じ合った相手はいつまでも特別な存在だ。むしろ関係が明白だった場合よりも忘れないのかもしれない。曖昧だったからこそ、濃密な時間を忘れられないのかもしれない。

私は社会人になってから出会った人と結婚してもう数年が経った。主人の愛情と優しさは海よりも深い。幸せな結婚生活を送っている。
風の噂で聞いた話だと彼は長年連れ添った彼女と別れて、私と同じ名前の女の子と付き合っているらしい。なんだか少し残酷な偶然だ。

彼との思い出はもう別次元にあるようにも感じる。これから先も大学時代を懐かしみ、彼に会いたくなってしまったら、私はこの本を手に取るだろう。そうして泉に自分を重ねて切なさに沈んでいく。思い切りそれを味わったら、本を閉じて現実に帰ってくるのだ。でも、きっとそれは悪いことじゃない。

あなたにも忘れられない、手放せない恋はありますか。
一生の恋が、この本の中にあります。


ナラタージュ (角川文庫)
島本 理生
角川書店
売り上げランキング: 6,182