入選作品 五千円

あのとき返せなかった本

読んだ本・『ザ・キング・オブ・ファイターズ’98完全攻略マニュアル』ネオジオフリーク編集部

書いた人・松岡 青希(MATUOKA SEIKI)

先日書棚の整理をしていたところ、
ある一冊の本を見つけた。

ーザ・キング・オブ・ファイターズ’98
完全攻略マニュアルー

1990年代はゲーセンと格闘ゲーム全盛の時代だった。
その中でも、SNKから発売されていたキングオブファイターズの人気はずば抜けていた。
SNKのゲームはゲームセンター主体だったので
、新作をやりたいならゲーセンでというのが当たり前の時代だった。
ページを開いてみるとよく使うキャラのページには付箋が貼ってあったり、
キャラ別攻略法のところにはペンで囲みがしてあったりして、その当時かなり
はまっていたことが思い出される。
しかし、この本は正確に言うと私の本ではない。
この本は、あるとき返そうと思って返すことができなかった本である。


中学生時代、私は学校で嫌がらせを受けていた。
朝学校に行くと上履きが投げ飛ばされていたり、机がどっかべつの場所に
移動してあったり、教室の後ろに貼ってある顔写真に画鋲が刺してあったり…
嫌がらせに負けるのが嫌で学校では平然を装っていたが、かなりしんどい学校生活だったように思う。そんな時、私に手を差し伸べてくれたのは
クラスメイトのMだった。きっかけは覚えてないが、席替えの時に近くになってから、ゲームの話で意気投合しMが行きつけのゲーセンに連れてって
もらってから仲良くなったように思う。
Mは格闘ゲームが得意で、そのゲーセンではちょっとした有名人だった。
しかし私は格闘ゲームの必殺技を出すのが苦手ですぐ負けてしまうため、
Mがプレイしているのをもっぱら後ろから眺めていた。
ただ観てるだけじゃつまらないだろうとMが貸してくれたのが
この攻略本である。



ー学校が終わったらMと一緒にゲームをする。それまでの辛抱…ー
そんな目標を持つことで現実の辛さを誤魔化した。
体操服が掃除道具入れの中に突っ込まれていたり、相変わらず顔写真に画鋲が刺さっていたりしていても毎日学校に行った。
ゲームの腕前がMに追いつくように借りた攻略本を読み込んでは
Mが行けない時は1人でゲーセンに通った。
ゲーセンに通っていると次第に顔なじみもできるようになりM以外の
ゲーセン友達もちょっとずつだが増えていった。
以前は学校と家の往復で逃げ場がなかった私だが、ゲーセンに通うことで
少ないながらも顔なじみができるようになった。
ゲーセンは私の逃げ場になっていた。


ある日の授業後のことだった。突然、Mが怒鳴った。
「だから!オレはこういうの人に回さないし書かないって言ってんだろ!
こういうのマジでやめろ!やり方が汚いぞ!お前ら恥ずかしくないんか?!」
Mのところへ近寄ってみると1枚の紙切れが。

~マツオカをみんなで無視しよう!正の字を書いてください~


はい



いいえ



どうやら授業中回ってきたのをMが自分のところで止めていて回らなかった
のが原因で言い合いになったようだ。
しかし言い合いだけでは終わらずケンカになってしまい、Mは職員室に連れて行かれてしまった。
ショックだった。授業中にあんな手紙が回っていたこともそうだが、
自分のことでMに迷惑をかけてしまったことがショックだった。
日は借りていた攻略本を返そうと思っていたしゲーセンに行く約束をしていたが、

この件以降、私への嫌がらせはだんだんと減っていったように思う。
しかし、私はもうこれ以上Mに迷惑をかけられないと思い気まずさから
ちょっとずつ距離を取るようになってしまった。
その後、学年が上がりMとはクラスが別になった。
攻略本のこともあやふやになりMとは高校も別々になり、そのまま卒業を迎えてしまった。

卒業後、1度だけMとゲーセンで偶然遭うことがあった。
短い時間だったが軽い近況報告をして、借りていた攻略本を返す約束をして別れた。しかし、Mと会ったのはこれが最後だった。

私と会った1ヶ月後、Mは高校を辞めどこに行ったかわからなくなった。
風のうわさでMは高校受験に失敗し、そのもやもやから進学した高校に馴染めず悩んでいたらしい。
ゲーセンで出会った時もしかしたらMはひどく思い悩んでいたかもしれない…
私はMの置かれている状況を察してあげられないまま別れたことをひどく後悔した。

ゲームの攻略本はあるが、人生の攻略本は存在しない。
その人生をどう攻略するかもその人次第である。
攻略の選択肢に「逃げ」というのがあっていいんだと思う。
人間誰しも逃げ出したくなるようなきつい状況というのはあると思う。
状況を改善する努力も必要だが、同時に逃げ場所も必要だと思う。
併せて、支えてくれる・相談できる誰かがいたら更に心強い。
私にとって学校はきつい場所で、逃げ場所はゲームセンターだった。
格闘ゲームにハマったのは現状を打破できない自分と、画面の中で次々と相手を倒していくキャラクターを比べ自分もそうなりたいという憧れだったように思う。
もしも、Mと会う機会を得たなら
いろんな意味であの時返せなかったものを
返したいなと思う。