入選作品 五千円

私は君の先輩になれなかった

読んだ本・『真夜中乙女戦争』F

書いた人・八月れもん

前に弟がこんな事を言っていた。

「この前バーでさあ、フィッシュマンズの言う“君”になりたいんだよね、私、とか言ってる奴いてマジ笑ったわ」



私は、この本の“先輩”になれなかった。主人公の憧れの女性。

君、って主人公に話しかける美人で底抜けにチャーミングな愛すべき先輩だ。私は、君の“先輩”になりたかった。



これを書いているのは、2018年8月30日の午前中。

今日はいつもの約束、“平日14時”に君と会う。

今日会うときに、絶対この本を貸したいから、読み終わるのがもったいないからと、

ずっと大事に残していた残りの約100ページを昨日の夜慌てて読んだ。

読み終わるのが惜しい本は山ほどあるけれど、読んでいる最中から誰かに貸したくて堪らない本は初めてだった。

君にも読ませたい。というか君に読ませたい。

固有名詞が出てくる本は古くなってしまうけれど、時代を真空パックするには必然の必然だ。SNSじゃなくてインスタでなくていけない。

ある歌手の曲、ではなくtofubeatsの「水星」でなくてはならない。

本の中で先輩が、主人公に夜中のLINEでこんなことを言うシーンがある。

「くるりのばらの花って聴いたことある?」

「聴いたことがあるか訊かれるまで、聴いたことあるって言ったことある?」

「たぶん、この世には、同じものを好きでも、ずっと互いにそのことを知らないまま別れてしまう人たちがいるんだよ」



君には今までにも本を紹介したり、漫画を貸したりしてた。だけど、先月会ったとき、君はこんな事を言った。

「今まであんまり読書して来なかったから、どんな本を読んだらいいか分からない。

だから最近は電車で本を読んでいる人に話しかけて何を読んでいるのか、聞いてみるのが楽しい。

わざわざ電車で本を読んでいるんだから、相当本好きに違いない。案外みんなちゃんと教えてくれる」

ワケがわからない。この大都会の電車の中で他人に話しかける勇気を賞賛する前に、嫉妬した。

何を読んでるんですか、って電車で君に尋ねられる人に嫉妬した。何で私に聞かないんだ。

私も電車で本を読むタイプの人間だ。そして、いつも君がいじり倒しているスマホを心底憎んでいるアナログ人間だ。

なぜ常に図書館の上限30冊を借りている私に聞かないのだ。(この中に雑誌も含まれてるけどね)まず聞くべきは、身近な筈の私だろう?



だが、しかし。

身近な存在だと思っていたけど、毎週会う仲だった私たちが顔を合わすのは、今はいつしか月1回になった。

君の6月の誕生日に屋上でやった線香花火。あれが、今年の最後の花火になったんだろうか。

そもそも6月の花火が夏の花火か疑問だし、花火の最中、

一切私を見ないでリアルタイムで写真をインスタとTwitterに上げ続けて、

画面の向こうの見えない人にコメントを返し続ける君の世界に私は一切存在していなかった。

こんな花火を夏の最後の花火にカウントしたらフジファブリック以上に私がやるせない。

私の8月の誕生日にLINEは鳴らなかった。





そして、今日は8月30日。夏の終わりは世界中の人がメランコリックになるのだから不思議だ。

夏が棺おけに片足つっこんでいるこんな日に、この本を君に渡せて光栄です。



さて、今までは、次の約束があるのが当たり前だから、色んな物を貸していたけど、

この本はもうどうなってもいいから、2018年の夏に君に渡しておきます。

遊べる本屋インスパイアの自作POPを黄色い画用紙で作ってきました。

「去年でもダメ、来年でもダメ、めちゃくちゃ2018年っぽい」



来年のことは今は考えたくないです。どうこうなりたいなんて概念を抹消したい。

「生きているなら、それでよしとしてあげるよ。」



女でも憧れる先輩、これで私はよかったですかね。


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