奨励作品 一万円

おかえり『私』

読んだ本・『さよならドビュッシー』中山 七里

書いた人・西山愛

正直自分では手に取ることはなかった本だった。

この本を読むことになったのは、夫に「面白かったよ」と勧められたから。あまり気が乗らなかったけれど、それだけで断るのは惜しい気もした。なにしろその時、私は結構ヒマだったのだ。

「ヒマな時そこにあったから」そんな理由で読むことになったこの本は、私を『私』にしてくれた。





女子学生2人を中心とした何気ないシーンは、物語序盤に一変する。

“体表三分の一以上をⅢ度熱傷に覆われて未だ長らえた患者などいなかったからな”

そう医者に言われるほどの火傷を覆った一人の少女。この少女が、思うように動かない体でありながらも、ピアノコンクール優勝を目指して猛レッスンに励む。そこに殺人事件や思わぬ展開が絡んでくるミステリーだ。数々の謎がちりばめられていて最後まで飽きさせない。

だが私が心を動かされたのは、困難を乗り越える少女の姿でもミステリーに関する部分でもなく、物語終盤。コンクールのシーンだ。



舞台袖で前者の演奏を聞いて待つ時間。

ピアノに向かって歩き出すと会場に響く自分の足音。

眩しいほどに明るい舞台の上から見る客席の暗さ。

目が慣れてきた時に客席からの視線を実感する瞬間。

弾き始める前の息使いまで聞こえてしまいそうな静けさ。

弾き始めると同時に体が意図せず動き出す感覚。

弾きながら頭の中をよぎること。

弾き終わった時、一瞬の無音状態が何秒にも感じられること……。



私は思いがけず幼い頃のことをその時の『体感ごと』思い出していた。



物語に書かれているそれは、もちろん私の経験と一致するものではない。私は全身に火傷を負ったことはないし、体にハンデもない。私が立った舞台はコンクールではなく、通っていたピアノ教室の発表会だし、弾いた曲でさえおぼろげな記憶しかない。

それでも私は、彼女と同様に自分がそこにいる感覚、緊張をもろに受け、彼女が本の中で弾き終わってもなお、ドクドクと激しく鳴る心臓の音を落ち着かせることはできなかった。

夜、布団の中で読み終えてからもなかなか眠りにつけないでいると、それはじわじわと大きくなりながら、体の奥の底のほうから湧きあがってきた。



「舞台の上で、ピアノを、思いっきり、弾いてみたい」



大げさではなくふるえるほどに想いが“湧きあがってきた”。





ピアノはそれまでもことあるごとに弾いていたし、楽しんでいた。「これで充分」だと思っていたけれど、もうひとつの想いがずっと存在していることを私は知っていた。

「私はこんなもんじゃない」

どこか見ないようにしていたこの想いが抑えきれなくなってしまった。さよならドビュッシーどころか、いらっしゃいドビュッシーだ。



ふと、私もコンクールに出てみようか?と思った。

すると、「これで充分」の私が悲鳴をあげた。人前でピアノを演奏すること、誰かの評価を受けることで、私はこんなものじゃないどころかどんなものでもないことが晒されてしまうかもしれない。怖い。これで充分じゃないか。このままでいい。

でも、そうじゃない。そんなことは問題じゃないんだ!と、もう抑え込まれるのはごめんだと言わんばかりの声がする。



人の目も、体裁も、何もかも気にする隙もないほどに、

「ピアノを弾くということに没頭してみたい」

なんとなく出来る無難な範囲を超えて、真摯にピアノに取り組んでみたい。



私は今の自分が出られるピアノコンクールを探した。

そして見つけた、アマチュアのピアノを楽しむ人のためのコンクール。

人生で初めてのコンクールに出ることを決めたのは、本を読み終えたその夜のことだった。





私は音楽(特にピアノ)をテーマにしている物語を読むのが好きではなかった。音楽が好きなのにも関わらずだ。

「どうしようもない楽しさと厳しさ、両方受け止めながらそれでも音楽の世界に生きている」

そういう人を見る時に、体に現れる自分の中心がキューっとつままれるような感覚。その感覚を感じることが嫌いだった。この本を「自分だったら手に取ることはなかった」というのは、そういう理由からだ。

でもそれは、好きだったからこそ、そして自分自身を抑え込んでいたからこそ感覚だったのだと、今なら分かる。



コンクールへの道のりは楽しかった。



思うように弾けずに練習が嫌になったことも、

それでもピアノに向かい続けたことも、

本を読みながら感じたものが実際の舞台の場で再現されたことも、

できると思った半分も表現しきれなかったことも、

真摯に取り組んだ時間に後悔が無かったことも、



まるごと楽かった経験として新しく私に刻まれた。





コンクール後、ピアノ奏者としての「私はこんなもんじゃない」という想いはほとんど現れなくなった。

こんなものでも、どんなものでもなく、私は私だ。

あの震えるように想いが湧きあがる感覚は、私に私を教えてくれた。

おかえり私。

私を呼び起こしてくれた一冊〈さよならドビュッシー〉、そして勧めてくれた夫にも、

どうもありがとう。


さよならドビュッシー (宝島社文庫)
中山 七里
宝島社
売り上げランキング: 36,961