かれこれ30年以上前の話である。
僕は当時学生で、バイト先で知り合い、付き合いだした彼女と映画に行くことになった。
何を見るかという段になり、別にスティーブ・マーチンの「サボテンブラザーズ」でもよかったのだが、やはり違うだろうという気がして、ロブ・ライナー監督の「スタンドバイミー」に決めた。
原作のS・キングは当時からすでに、「キャリー」とか「シャイニング」で有名だったが、今回の映画はどうやら少し毛色が違うらしい。音楽が良くって、感動できて、いい気分になれる。
これこそ、デートにうってつけではないか。
しかしやはりキングなのであって、なかなか一筋縄にはいかない。
主人公の兄は自殺しているし、その友達の家庭環境も複雑極まりない。
しかも彼らが冒険と称して見に行くのは、死体なのである。
音楽もカメラもよかったが、感動とか、いい気分とかにはなれなかった。
少し複雑な気分で、彼女を観察してみると、僕以上に気分が下がっているではないか。
その低いテンションのまま、なんとなくデートは終わり、それきりになった。
彼女はバイト先に出てこなくなり、電話はなかなかつながらず、もちろん携帯などないから、そのまま消滅してしまった。
彼女、少しミステリアスなところがあって、どうゆうわけか一人で住んでいた。
生活はバイトで賄っており、大学で会ういわゆる普通の子ではなかった。
そんな彼女だったので、心配はつのるわけで、またさびしくもあり、二人の共通の思い出であるところのS・キングのスタンドバイミーだけがなんとなく彼女を思い出す縁となった。そして、これにすがるように何度も読んでは、彼女を想った。
しかしながら、これから想起される彼女の顔は最後のあの低いテンションなのである。
何かを思いつめたような、あの落ち込んだ彼女。なかなかつらい読書だ。
しばらくして、人づてだったのか、彼女の両親が離婚をしていて、そのショックで兄が自殺をしたらしい、という事を聞いた。
これが数年後の事だった。
その間「恐怖の四季」は愛読書だったが、苦い思いを読むたびに思い起こさせた。
それからある日の事、偶然にバイト先の近所で彼女に会った。
聞くところによると、彼女婚約したのだという。
一人で住んでいて苦労も絶えなくて(これは僕の想像だが)、結婚して家庭に入るのなら、それが幸せだろうと、自分を納得させて諦めた。
ところがしばらくして、再びバイト先に復活した彼女の言う事には婚約を破棄したという。
原因は僕らしい。
これまた怒った元婚約者に僕は拉致まがいに車で連れ去られ、どうなることかと心配していると、彼女を幸せにしてやってくれと逆に頼まれるというようなこともあり、結局僕と彼女は結婚した。
それでも再びこの映画を二人で見ることはなかったように思う。
ただ、恐怖の四季には、「刑務所のリタヘイワース」も入っていて、これがまた「ショーシャンクの空に」の原作であるから、この本は僕のお気に入りになった。
そして、もう、「スタンドバイミー」を読んでも辛くはない。
人生はいくらキングと言えども、その小説以上に山あり谷ありなのである。
そう、そしてある日の事、再び彼女は突然僕の前から姿を消した、二人の子供を連れて。
もう一度言う、人生は小説以上に山あり谷ありなのである。
本というものはこれに比べるとなんてことはない。ただ、その時その時の想いに寄り添って、人と人をつないでくれる訳で、その作用は確かなものがある。
どのような本を読むかというよりは、いつどんな時期に読むかという事が、肝心なのであろう。
もう、二人の子供は大きくなって、あの時の僕以上の年齢だ。
再び、つらい本となった「恐怖の四季」はさらなる年月を経て、また普通に読めるようになった。
本好きだった長女がもしかしたらこれを読んだかもしれないなあと、そして二人で見に行った映画がこれだとは知らないだろうなあと想像するだけの余裕が今はある。
新潮社
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