入選作品 五千円

あるときには気づかないものと なくしてから気づくもの

読んだ本・『はじめて受ける TOEIC L&Rテスト全パート完全攻略』小石 裕子

書いた人・松岡青希(MATUOKA SEIKI)

人生では往々にして当たり前にそこにある時にはあるのがあたりまえだと思い、それをなくした時にいかに自分にとって大事なものであったのかに気づく…という場面があると思う。
そこにあるのがあたりまえすぎるものほどそれをなくした時にその当たり前が
実はあたりまえではなかったということを知ることになると思う。




私は、障がい等級が1級の身体障がい者だ。
高所からの転落によって後遺症が残りカラダの複数部位に障害がある。
右肩が上がらず右ひじは殆ど曲がらない。
腰と右足、そして両方の足首には固定のための鉄のプレートが入っている。
頸椎の一部神経を損傷したため足の指は曲げることができず、感覚も殆どない。
両膝も90度より曲がらないので、正座は勿論あぐらをかくこともできない。
私がなくしたのはあたりまえのように出来た日常動作だ。
右手で顔に触れることはもうできない。


職も失った。結婚の話もなくなった。
「松岡さん、そのカラダではねぇ…なんというか…ねぇ…。」
奥歯にものが挟まった言い方が嫌だった。
「今のあなたになにができるの?」
という言葉を飲み込んで言わないみたいで嫌だった。


程なくして、障害等級の診断結果が出た。

ー障害等級 1級ー
身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状によって、
日常生活ができない程度のもの。

ショックだった。
やはり今の自分は他人の力を借りなければ何も出来ないということを
「正式に」認定されたみたいで、私は受け止めきれなかった。
そんな時、この参考書と出会った。


ある日、ケータイに1通のメールが送られてきた。
ネット通販からのオススメアイテムの通知メールだった。
消そうと思ったとき、ある一文に目が止まった。

ー松岡様にオススメ!ー
ダメだったあなた。もう1度やり直してみませんか?

単なる広告の一文なのだが、その時の私にはすごくこの一文が引っ掛かった。
この一文の下にあったのがこの参考書である。
凄く気になった私は、この参考書を購入することにした。
数日後、届いた参考書はTOEICという資格試験用のものだった。

・テストは年10回。
・リスニングとリーディングの2種類のテストがある。
・テスト時間は120分。途中休憩なしでぶっ続け。

日常動作が求められるテストだった。
健常な時には資格を取ろうとか考えたことがなかった。
何かを出来るという証明は行動で証明すれば良いと思っていたし、日々働く上で必要性を
感じていなかった。
しかし、何かを行動で示すことができない今の私には「資格」という言葉は凄く引っかかった。
興味を持った私は障がいがあっても試験が受けられるのか調べてみたところ、
プライオリティーサポートという制度があって会場の席からトイレの場所試験用紙の大きさまで
サポートが受けられるようだった。
サポートがあるということ以上に障がいがあっても試験を受けている誰かがいるということに
少し勇気づけられた。
最高で30分しか座れなかった私にとって「120分座り続ける」というのは無謀だった。
病院のリハビリ担当にTOEICの受験について相談したところ
「いいですね!是非やりましょう!受けましょう!」
と言ってくれた。
正直、止められるかと思っていた私は担当が背中を押してくれたことに感謝した。
120分座りっぱなしということも担当に話したら、試験に向けて日常動作を強化する訓練を
考えてくれた。右ひじが曲がらない状態で何か書くという練習も取り入れてくれた。
座位が30分を超えると足と腰のプレートが圧迫される感じがして痛みが走り、血流が悪くなり
足がむくむ。ひじが曲がらないので書くのが遅く、制限時間に間に合わない。
そんな中でも諦めようとは思わなかった。
この試験を受けることによって今の自分でも出来ることがあることを証明したかった。
失った日常の一部が取り戻せるような気がしたからである。
そんな準備をしながら試験に向けて努力した。
だが、試験の結果は芳しくなかった。
しかし120分の試験時間座り続けることができたしペンで書く速度も上がったように思う。
試験の結果よりも当たり前の日常の一部が少しでも取り戻せた気がして嬉しかった。

私はあたりまえのモノを無くしてから気づかされたことがある。
それは「協力をしてくれる人や制度のありがたさ」と「自ら行動することの大切さ」である。
この参考書でTOEICを受けようと思わなければカラダの機能回復をしようと思わなかった
だろうし、誰かに協力を仰ごうとも思わなかったと思う。
今自分ができることを精一杯やってそれでも届かないときに他人の力を借りることはなんら
恥ずかしくないと思えることができた。
他人の力に頼っていいんだと思う。
そんな時協力してくれる人の有難さにも気づくことができた。
人生の参考書はないと思うが、人生の参考になる本は存在すると思う。
私にとってこの参考書は気づけなかったものを気づかせてくれた大事な「参考書」である。


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