入選作品 五千円

私のオカン

読んだ本・『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』リリー・フランキー

書いた人・きい

 私はずっと、「おしゃれなお母さん」が欲しかった。こんなことを言うとお母さんに怒られちゃう気がするけれど、細身でお化粧もばっちりでおしゃれでかっこいい。そんなお母さんと休日はランチにパスタを食べに行ったりしながらお洋服を買いに行く。小、中、高と年を重ねるたびに、周りの友達の「ママと遊びに行ってきたー。」とか「ランチして高島屋で服買ってもらったー。」なんて話をうらやましいなとずっと思っていた。ただ、うちは決して仲が悪いわけではない。むしろめちゃくちゃ仲良しな方だと思う。
 両親は結婚して25年経った今でも新婚のようだし、お父さんとお母さんも、私と妹をどちらもちゃんと同じくらいにかわいがって育ててくれた。妹のアルバイトの迎えに行くときでさえ、家にみんな揃っていたら、全員で車で迎えにいってアイスを食べて帰る。なんていう暗黙の了解みたいなところもあったくらいだから。


 それでも私は、21歳という若さで私を産んでくれてから、化粧っ気もなく洋服も全然買ったりもしない、おしゃれなお店でご飯を食べたいとも言わないお母さんを見て、大人になったら私はもっとおしゃれなことをたくさんしたいと心のどこかでずっと思っていた。


 この「東京タワー」は主人公のボクとオカン、別居して離れて暮らすオトン3人の、ボクが産まれてからの家族の話。大恋愛の小説でも誰かが殺されるようなミステリーでもない。約500ページにもなるこの本には、ただひたすらオカンのことが書かれている本だった。この本を読みながら、私は、私のオカンが頭によぎっていた。運動会ではどこにいてもすぐにわかるような大きな声で応援してくれて、けんかして帰ると一緒になって怒ってくれて。部活動が始まると、毎日定食やさんみたいな朝ご飯にお弁当は2段の弁当箱とおにぎり3つ。門限を破ったり嘘をついたりするとめちゃくちゃ怒られて。それなのに次の日には何にもなかったように朝ごはんが並んでて。わたしの友達とは自分も同じように友達になって、「よっしー」なんてあだ名で呼ばれているわたしのオカン。


 この本は、哲学的な本やエッセイ、詩集とは全然違う、自分へのオカンへの想いが勝手に沸き上がってくる1冊だと思う。高校から離れて暮らしていたボクは、東京に出てきて40歳近い年になってまたオカンを呼んで一緒に暮らし始める。久しぶりに暮らすオカンとの生活に少し煩わしさやうっとうしさを感じてしまうところも、わたしも東京で暮らしはじめて久しぶりに実家に帰ったときに感じる感覚ととても似ている気がした。そしてオカンががんになり、もう長くないと宣告されて迎えた最期。たくさんの人に見送られる姿から伝わるオカンの偉大さ。遺品の整理中に出てきた日記の中に挟まっていた1枚の紙きれは、ボクだけじゃないすべての人に遺すべきものだと思う。それは、「母親とは無欲なものです 我が子がどんなに偉くなるよりも どんなにお金持ちになるよりも 毎日元気でいてくれることを心の底から願います どんなに高価な贈り物より 我が子の優しいひとことで 十分すぎるほど倖せになれる 母親というものは実に無欲なものです だから母親を泣かすのは この世で一番いけないことなのです」


 洋服や化粧にも興味のない、洒落っ気なんて全くない私のオカン。食べることが大好きで、おいしいご飯を毎日たくさん作ってわたしたちの帰りを待ってくれている私のオカン。親孝行したいとか、親を大事にしようかとか、そんな大きなメッセージ性があるというより、ただ、ただ「お母さん?今何しとったー?」って一言電話をかけたくなる。毎日大好きなんて思えなくても、毎日大事にしたいと思う気持ちを持ち続けられなくても。自分にはたったひとりのオカンがいることだけは忘れられないでいられる。今、このタイミングでこの本を読んだことは偶然ではないような、そんな気持ちで読み終えました。


 わたしは今、オカンみたいなオカンになりたいって思ってるよ。


東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン (新潮文庫)
リリー・フランキー
新潮社
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