「いいね」部門 奨励作品 一万円

お金と幸せの答え

読んだ本・『億男』川村 元気

書いた人・平原 景子

黄金色に輝くイチョウの葉っぱがヒラヒラと舞い散る。

次々と頭上から降ってくる葉っぱを見上げて、これが全部万札だったらいいのにと思った事がある私は卑しいだろうか。

お金を追えばお金に追い詰められ、幸せを追えば追うほど幸せが何かわからなくなった時期があった。
メビウスの輪のように、無限に。

私が初めて自分でお金を稼いだのは大学生の頃だ。

高校生の時、両親が離婚した。
いろいろ理由はあったが、一番大きなきっかけはお金だった。

父が事業を始めて失敗し、更に親戚の借金の保証人になっていた為、親戚の借金も背負う羽目になった。

進学も諦めようかと思ったが、奨学金でなんとか進学する事が出来た。

大学に入ってから生活の為に私はバイトを二つ掛け持ちした。
母と二人で母の会社の古く安い社宅に住んだ。
母も朝早くから夜まで仕事をした。

父は母と私が出て行く時、
「いつか必ず迎えに行くから。」
と泣きながら言った。 「億男」の主人公、一男が父と重なった。
弟の借金を背負う羽目になった一男はお金の事で妻と上手くいかなくなり、妻と娘は出て行く。
一男は必ず迎えに行くと約束する。
朝から晩までお金の為に働く一男は、ある日宝くじで三億円を手に入れ、妻と娘との幸せだった日々を取り戻そうとする。
しかし、三億円は億万長者の親友に持ち逃げされ、一男は親友と三億円を追う内に親友と縁の深い三人のお金持ちに出会い、お金と幸せの答えを知ろうとする。
私の父は残念ながら宝くじは当たっていない。
父はお金に縁が無い。

大学の授業とバイト二つに明け暮れる生活が二年続き、私は二十歳の誕生日を迎えようとしていた。

折しも、二十歳の誕生日とバイトの給料日が重なっていた。

私は頑張って貯めたバイト代のうち、十万円を下ろした。
いつも私の為に頑張っている母にお金を渡して、二人で美味しいものでも食べに行こうと思っていた。

私は十万円という大金を手に持ったのは初めてだった。
母は喜んでくれるかな、何を食べようかな、と寒い夜だったがホクホクした温かい気持ちで帰路についた。

家の前まで来た時、社宅の古びたドアの前に人影が見えた。

父だった。

家を出てから三年ぶりに会った父は痩せてますます貧相になっていた。父は
「待ってたよ。大学行きながらバイト掛け持ちしてるんだってね。」 と言った。

私の頭の中には咄嗟に、父が次に言うであろう言葉が思い浮かんだ。 「二十歳の誕生日おめでとうと言いに来た。」
もしくは
「迎えに来たよ。今まで何もしてやれなくてごめん。」 しかし、父が言った言葉は私の予想を大きく裏切るものだった。 「金が無くて…。五万くらい貸してほしい。」 父は私の誕生日だから来たのでも、迎えに来たのでもなかった。

私の給料日だから来たのだ。

母はまだ帰っていなかった。

奇しくも私は十万円を持っていた。
そのうち五万円を父に投げつけた。

父は五万円を拾って
「ありがとう。」
とだけ言って帰って行った。

さっきまで尊く温かいものだったお金が急に汚らわしく卑しいものに思えた。

苦い大人の洗礼だった。

むせび泣き暴れている私を帰って来た母が見つけ、何があったのか問い質した。
そしてすぐに父に抗議の電話をかけてくれた。

娘の二十歳の誕生日にお金を借りに来るとは何事かと。

父は私の誕生日だという事をすっかり忘れていた、すまなかったと謝ったが、もう私のお金に対する憎しみと父に対する失望を覆すことは出来なかった。
父も私も大切な何かを失った。

私はお金を憎む反面、執着するようになり、お金イコール幸せだと思うようになった。

小さい頃、父と一緒にイチョウ並木の公園で綺麗な黄金色の葉っぱを集めて母にプレゼントしていた。

あの頃葉っぱは幸せそのもので、集めれば集めるほど両親の喜ぶ顔に私は満たされた。

それなのに、葉っぱが万札だったらいいのにと思う大人になった。

お金があれば、両親は離婚しなかったのではないか。
父は私を失望させなかったのではないか。

お金を憎いと思った二十歳の頃から二十年経った。

いろんな所で働いて、いろんな人と出会い、お金の価値観は変わる。

私は今、すごく裕福ではないけれど生活に困るほどでもない。
でも、お金は欲しい。
お金である程度、幸せは買える。
オシャレな服だったり、瀟洒な家だったり、欲しい本だったり。

だけど、私が自分で築いてきた人間関係や知識や家族はお金で買えない。

今は、お金は私にとって普通に生活できる安心感と私の挑戦した結果として得るものだ。

父とはあれから長らく音信不通だった。今も一人で暮らしている。
母は再婚し、今は仕事に明け暮れる事も無く裕福に暮らしている。

お金と幸せの答えは、人それぞれだ。
この本にはお金と幸せの答えを探す人がたくさん出てくる。

イチョウ並木を幼い我が子と歩くと、
「きれいだね。」
と子供は無邪気な笑顔で黄金色の葉っぱを拾って私にくれる。

我が子が私にくれる葉っぱを万札だったらいいのにとは思わない。

私はその葉っぱを受け取り、温かい気持ちになる。
これが私の今の幸せだ。


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