奨励作品 一万円

今はもう名前を思い出すこともできない人の話

読んだ本・『石のまくらに(『三つの短い話』より)』村上春樹

書いた人・cabin

「ねえ、いっちゃうときに、ひょっとしてほかの男の人の名前を呼んじゃうかもしれないけど、それはかまわない?」
文芸誌を読みながら昼下がりの街で、センチメンタルな、そして同時に救われたような気持ちになるという、不思議な体験をした。

その日は休日だったけれど、虎ノ門に行かなければならなかった。
行かなければならなかった、というのは正確な表現じゃないかもしれない。仕事と言えば仕事だけれど、行かないことで不都合が起きる類の用事ではなかった。息子が朝から外出していたので、どうせ家にいても暇だったのだ(小学六年生になった息子は、いまや自分の興味で生きている)。

せっかくなので東京駅を経由し、ラーメンを食べることにした。食べながらビールを飲むと心地よく、乗り換えのために歩きながら午後の陽気に当てられてしまった。本屋の古ぼけた看板を見つけ、引き寄せられるように入る。

買ったのは4冊で(少し買いすぎた)、まずは村上春樹の短編を目当てに買った文芸誌をやっつけようと本を開いた(昔からやっつけようという気概で、歩きながら本を読みはじめる)。
3つのうちの1つめの短編が「バイト先で出会った年上女性の話」で、それが妙に心に刺さった。

読みながら、学生の頃バイト先で一緒だった年上の女性を思い出した。三十にはなってなかったかな、確か二十代後半だったんじゃないかと思うんだけど、今は名前を思い出すこともできない(それこそ小説と同じように)。でも、背の小さな彼女が、僕を見上げながらお姉さんらしく振舞う様はよく覚えている。
肉体関係やそれに近しい関係はなかった。その部分は小説と重ならないのだけれど、一度だけ、ふたりで演劇を観に行ったことがある。

その頃バイトが終わると、みんなでカウンターに集い、カクテルを飲みながら話をした(練習も兼ねてのことだ)。自分の出勤は週に2日で、今考えると週に2日「一杯やる」というのは、なかなかの頻度だよなあと思う。そんな中で明らかになったのが、彼女が役者を志しているということだった。一方僕はその頃本気で作家になりたいと思っていて、おそらくそんな話の流れから演劇を観に行くことになったのだろう。
それが誰の演出したどんな演劇だったかは覚えていないけれど、あのとき何を話してよいかわからずに歩いた坂道のことと、出演していた小西真奈美の演技に感動したことだけは、鮮明に覚えている。

それにしても不思議なのは、三十代半ばを越えた自分が、短編小説ひとつで二十歳のことを鮮烈に思い出しては、未だに心が震えているという事実だ。
自分にとっては16年前、小学生の息子にとってはたったの8年後。時の流れというのは、本当に理解が難しい。

作中、年上の女性は短歌を詠むのだとこぼす。読んでみたいと伝えると、後日歌集を送ってくれる。ひとつひとつ手で製本された歌集には、28と刻印がある(28冊目という数字のリアリティ)。
そこに詠まれていた短歌が心に残るという、あらすじだけ言えばそんな短編なのだが、この物語には、創作というものを(それがどんな形であれ)許してくれるような響きが内包されている。二十歳の頃の僕を、祝福してくれるような響きが。

たぶん誰もが一度は、何かを作ったことがあるだろう。そして、それを仕事の一部にしている自分のような人間もいる。作り続けていると、何が創作の目的なのかどんどんわからなくなっていくけれど(感動させたいとか、有名になりたいとか、そういう場所はやがて通り過ぎるものだ)、そんなときにイメージするのが、たった1人の心に、たった一言が刻まれる瞬間だ。
創作はそれだけで価値がある。そう信じなきゃ、やってられないとも思う。

小説の中には、いくつかの短歌が実際に書かれている。「石のまくら」という言葉が何回かあらわれ、それはこの小説のタイトルにもなっているのだが、石枕の上で首を斬られるイメージが、少ない言葉から鮮烈に伝わってくる。
僕もまた、ときどき想像する。ビルの屋上から飛び降りた自分の身体が粉砕されるイメージを、夜のベッドで丹念に思い描く。落ちる瞬間に身体の線をなぞる風、足の指先の力、中空の姿勢、そして身体が地面に打ちつけられ、圧縮され、破壊されていく様を。どこまで意識があって、そしてどこで消えるのか、どう消えるのか、何度も何度も想像する。そして、それは実際に起こりうることなのだ、死ぬとはただ、死ぬということなのだと信じることができたとき、はじめて安心して眠りにつける。
小説を読んで、そんな自分を許されること、それもまた創作の価値なのだと思った。そう思わなきゃ、やってられない。

あの人は元気かな、と考える。
今もまだ役者をやっているのだろうか。そうでなくても、演劇を観にいったりくらいはするのだろうか。
あの日のことは覚えているのかな。あのとき、あの坂道で、もう少し気の利いたことを言えたら良かったんだけど。


文學界2018年7月号
文學界2018年7月号
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文藝春秋 (2018-06-07)